2006年10月13日

「駸々堂河原町店」の遺跡

<天に唾する>京都の書店のうわさ 遺跡編14

「駸々堂河原町店」跡2006/10/10

「駸々堂河原町店」は1993年7月に閉店しましたが、これは同店の意向ではなく、テナントビル側の都合によるものだったようです。このビルは5階建てくらいで、どこかの生命保険会社のものでした。1階が店舗で、上の階はその保険会社が使用していたのか、貸し事務所にしていたのかどちらかだったようです。ビルは売却されて更地になりましたが、西側の裏寺通りに続くかなり広い更地と合わせてながらく放置されていました。現在の「ラウンドワン」とかいう、ボーリングがメインの大型ゲームセンターがオープンしたのは2000年代初めでした。ようするに河原町通りの<郊外化>の代表的な例といえるでしょう。ぜんぜん知りませんでしたが、この「ラウンドワン」は同社のサイトによると、全国展開しているなかなか景気の良さそうな会社のようです。
「駸々堂河原町店」がいつごろこの場所で開店したのかは知りませんが、戦前からこのあたりにあったようです。この店の数十メートル北に「京宝店」が開店したのは1971年でしたが、それ以前は「京都書院」や「丸善」とともに地域を代表する書店でした。売場面積は80坪位でしたが、1960年代には充分な広さで、間口も広い路面店でしたから、たいそう繁昌しているように見えました。先の2店に比べると専門書が少なく、雑誌多数のほか児童書や学参や実用書など一般客向けが豊富でした。「京宝店」は専門書を多く揃え、雑誌、児童書、学参、コミックなどは置かないことによって、2店の棲み分けもうまく行っているようでした。とくに1980年代に「河原町店」の奥半分をコミック専門売場にして大成功したのが画期的でしたが、そのあたりのことはこのブログの2006年08月22日をごらんください。「河原町店」の閉店後は、しかたなくという感じで「京宝店」が雑誌、児童書、学参、コミックを扱うようになりましたが、そのおかげで専門書がかなり減少してしまいつまらなくなりました。もっとも経営効率はよくなったのではと想像されますが、これはなんともわかりません。

posted by 三月山 at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都の書店のうわさ 遺跡編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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