2006年09月19日

「京都書院イシズミ店」の遺跡

<天に唾する>京都の書店のうわさ 遺跡編12

「京都書院イシズミ店」遺跡2006/09/19

記憶があいまいで申し訳ありませんが、「京都書院イシズミ店」は1970年代の半ばから1980年代の初めまで、おそらく10年未満の存在だったように覚えてます。河原町四条上ル西側の「京都書院河原町店」の斜め向かい、「イシズミ」という洋服店のビルの地下にありました。売場面積20坪程度で、人文書を中心とした品揃えは、やや教養主義のなごりを感じるものでしたが、とくに中高年の人たちにはなかなか好評だったようでした。それはよいのですが、最後までよくわからなかったのが、向かい側の本店との役割分担がどうなっているのかということでした。もともと本店は4階建てで百坪しかなく、地下は飲食店がテナントに入っていて、立ち退いてくれそうになかったため、売場を広げる目的で直近に支店を出したはずなのでしたが、両方でかなり重複する品揃えだったのです。本店は美術書専門にして文学思想関係などはすべてイシズミ店に任せればよかったと思うのですが、これはあくまでも外部の無責任な意見なので、実際にどうであったのかはわかりません。両店は斜め向かいにあるとは言っても、河原町通りは信号のある横断歩道でないと渡るのは危険なので、かなり大回りする必要があり、「その本は向かいの売場でどうぞ」とは言いつらいため、ある程度の重複は避けられなかったのかもしれません。その後、京都書院では中途半端な労組紛争があったりもしましたが、イシズミ店の撤退が紛争以前だったのか以後だったのか忘れてしまいました。結果論的に言えば、イシズミ店は京都書院の長期低落過程において、あまりたいした支えにならなかったことだけは確かでしょう。現在、雑居ビル「イシズミ」は、洋服店「イシズミ」のあった1階に「ファミリーマート」が入り、ほかのフロアにはサラ金などがびっしりと入店していて、河原町通りの郊外化/ファストフード化/下流社会化に大きく貢献しているようです。

posted by 三月山 at 22:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 京都の書店のうわさ 遺跡編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わたしの日記1972年11月6日の条には「新しく開店した京都書院の支店【イシズミ店】へ行く。」(【】内は雙行)と書いています。閉店の時期は覚えていませんが,日記には1979年3月27日まで出てきます。
Posted by 伊東宗裕 at 2007年08月20日 17:58
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